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東京地方裁判所 昭和50年(特わ)1827号 判決

本店所在地

東京都台東区根岸一丁目七番五号

有限会社豊金融不動産

(右代表者代表取締役小日向ヒサ)

本籍

東京都台東区根岸一丁目四四番地

住所

同都渋谷区代々木四丁目四二番一一号

会社役員

小日向ヒサ

大正二年一一月二九日生

本籍

東京都台東区根岸一丁目四四番地

住所

同都渋谷区代々木四丁目四二番一一号

会社役員

小日向正春

大正九年三月三〇日生

右の者らに対する各法人税法違反被告事件につき、当裁判所は、検察官河内悠紀出席のうえ審理を逐げ、次のとおり判決する。

主文

被告会社有限会社豊金融不動産を罰金二三〇〇万円に、被告人小日向ヒサを懲役一年六月にそれぞれ処する。

被告人小日向ヒサに対し、この裁判確定の日から三年間その刑の執行を猶予する。

訴訟費用は、被告会社有限会社豊金融不動産及び被告人小日向ヒサの連帯負担とする。

被告人小日向正春は無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告会社有限会社豊金融不動産(以下「被告会社」という。)は、東京都台東区根岸一丁目七番五号に本店を置き、不動産の売買等を営業目的とする資本金六三〇万円の有限会社であり、被告人小日向ヒサ(以下「被告人ヒサ」という。)は、同会社の代表取締役としてその業務全般を統活していたものであるが、被告人ヒサは、被告会社の業務に関し、法人税を免れようと企て、売上の一部除外及び架空造成費の計上などの方法により所得を秘匿したうえ、

第一  昭和四六年九月一日から同四七年八月三一日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が五四六五万八五一九円(別紙(一)修正損益計算書参照)であったのにもかかわらず、同四七年一〇月三一日、東京都台東区東上野五丁目五番一五号所在の所轄下谷税務署において、同税務署長に対し、欠損金額が六七万六〇七八円で納付すべき法人税はない旨の虚偽の法人税確定申告書(昭和五〇年押第二〇五六号の符号3)を提出し、もって不正の行為により被告会社の右事業年度における正規の法人税額一九八〇万九七〇〇円(別紙(三)ほ脱税額計算書参照)を免れ、

第二  昭和四七年九月一日から同四八年八月三一日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が一億九八一五万五二九三円(別紙(二)修正損益計算書参照)であったのにもかかわらず、同四八年一〇月三一日、前記下谷税務署において、同税務署長に対し、所得金額が二一九万二四三八円でこれに対する法人税額が四八万四九〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書(前同押号の符号4)を提出し、もって不正の行為により被告会社の右事業年度における正規の法人税額七二四三万〇六〇〇円と右申告税額との差額七一九四万五七〇〇円(別紙(三)ほ脱税額計算書参照)を免れ

たものである。

(証拠の標目) (甲、乙は検察官請求証拠目録甲一、乙の請求番号を、符は昭和五〇年押第二〇五六号の符号を示す。)

判示冒頭部分を含む判示事実全般につき、

一  被告人小日向ヒサの当公判廷における供述及び第一、二、八、一三、一四回各公判調書中の供述記載部分

一  被告人小日向ヒサの検察官に対する各供述調書(乙1ないし3及び15ないし20)

一  収税官吏の被告人小日向ヒサに対する各質問てん末書(乙11及び14)

一  相被告人小日向正春の当公判廷における供述及び第二、八、一四回各公判調書中の供述記載部分

一  相被告人小日向正春の検察官に対する昭和五〇年九月九日(乙4)、同月一九日(乙5)、同月二二日(乙6)、同月二三日(六枚綴のもの、乙7)及び同月二五日(乙8)付各供述調書

一  第七回公判調書中の証人越井金四郎の供述記載部分

一  第九回公判調書中の証人新野成美、同柴田一の各供述記載部分

一  第一〇回公判調書中の証人小林克己の供述記載部分

一  第一一回公判調書中の裁判所の証人小林克己、同船沢満枝に対する各尋問調書

一  第一二回公判調書中の証人石橋国雄の供述記載部分

一  柴田一(甲12、13)、新野成美(甲14、15)及び小林克己(甲34)の検察官に対する各供述調書

一  登記官斎藤政司作成の登記簿謄本(甲1)

一  収税官吏久保田昌良作成のゆたか団地地積調査書(甲4)

一  船沢満枝作成の上申書(甲8)

一  小川信用組合常務理事越井金四郎作成名義の証明書二通(甲45、46)

一  津村高子作成の上申書(甲47)

一  柴田一作成の上申書(記録第149号と記載されているもの)(甲50)

一  駒井昇、小野沢幸雄及び河内考誌各作成名義の各証明書(甲51ないし53)

一  押収してある総勘定元帳二綴(符1、2)、法人税確定申告書二袋(符3、4)、総勘定元帳(43/8期)一綴(符5)、同(44/8期)一綴(符6)、同(45/8期)一綴(符7)、同(46/8期)一綴(符8)、同(47/3期)一綴(符9)、同(48/3期)一綴(符10)、仕入帳(47/3期)一綴(符11)、同(48/3期)一綴(符12)、現金・預金出納帳(48/3期)一綴(符13)、同(46~48年)一冊(符14)、ゆたか団地宅地造成事業設計書一綴(符15)、工事請負契約書等三袋(符16)、同一袋(符17)、同一袋(符18)、無標題大学ノート一冊(符19)、事務用箋一冊(符20)、金銭出納帳一冊(符21)、日記メモ一冊(符22)、買受契約書綴一綴(符23)、金銭出納帳一冊(符24)、一九七三スケジュールリスト一冊(符25)、手帳(一冊)一袋(符26)、印鑑(ビニールケース入り)一個(符27)、領収書等二袋(符28)、道路拡幅及び舗装工事設計書一綴(符29)、小林工業(株)関係書類一袋(符30)、契約書写等一袋(符31)、総勘定元帳(45/3期)一綴(符41)、伝票(47/9分)一綴(符42)、宅地造成に関する工事の検査済証二枚(符43)、契約記録綴一綴(符44)、法人税確定申告書(46/8期)一袋(符45)

別紙(一)、(二)の各修正損益計算書掲記の各勘定科目別「当期増減金額」欄記載の数額につき(〇番号は勘定科目番号を示す。)

<〈4〉土地売上、〈5〉水道分担金収入、〈10〉販売手数料>

一  収税官吏久保田昌良作成の宅地分譲売上額、水道分担金収入額および支払手数料調査書(甲2)

<〈6〉期首商品、〈7〉造成費、〈8〉期末商品>

一  収税官吏の郷間作次郎(甲48)及び小堀元三(甲49)に対する各質問てん末書

一  収税官吏久保田昌良作成のゆたか団地地積調査書(甲4)

一  船沢満枝作成の上申書(甲8)

一  津村高子作成の上申書(甲47)

一  柴田一作成の上申書(記録第149号と記載されているもの)(甲50)

一  駒井昇及び小野沢幸雄各作成名義の各証明書(甲51、52)

一  押収してある総勘定元帳二綴(符1、2)、同(43/8期)一綴(符5)、同(44/8期)一綴(符6)、同(45/8期)一綴(符7)、同(46/8期)一綴(符8)、土地売買契約書(売主坂本伊三郎)一通(符32)、同(売主黒川嘉明)一通(符33)、契約書(売主越井金四郎)一通(符34)、売渡承諾書(売主高橋成俉外)一通(符35)、領収書(出金伝票付)(高橋成俉外)一通(符36)、同(同)(郷間作治郎)一通(符37)、同(同)(小林隆生)一通(符38)、領収証(尾崎ふみ子)一通(符39)、証(伊澤健一郎)一通(符40)

<〈11〉広告宣伝費>

一  柴田一作成の上申書(記録第150号と記載されているもの)(甲6)

<〈12〉登記料>

一  柴田一作成の上申書(記録第151号と記載されているもの)(甲5)

<〈28〉預金利息>

一  収税官吏笠間龍郎作成の普通預金調査書(甲7)

<〈29〉雑収入>

一  船沢満枝作成の上申書(甲8)

<〈30〉支払利息>

一  小川信用組合常務理事越井金四郎作成名義の昭和四八年一一月八日付証明書(甲45)

<〈35〉繰越欠損金控除>

一  収税官吏久保田昌良作成の繰越欠損金の損金算入額調査書(甲9)

別紙(一)、(二)の各修正損益計算書掲記の各勘定科目別「公表金額」欄記載の数額及び各過少申告の事実につき、

一  押収してある法人税確定申告書二袋(符3、4)

(被告会社及び被告人ヒサについての弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、被告人ヒサにおいて起訴各事業年度における被告会社の法人税を逋脱したこと自体は認めるものの、その逋脱額を争い、(一)検察官主張にかかる架空造成費のうち、(1)小林工業株式会社(以下「小林工業」という。)に関する分は、被告会社の公表帳簿計上額が真実であり、架空造成費計上の事実はない、(2)豊開発株式会社(以下「豊開発」という。)の公表帳簿に記帳されている小林工業に対する工事費二七〇万円は、被告会社の造成費として加算すべきである、(3)富士越建設有限会社(以下「富士越建設」という。)に関する二九〇〇万円は、実際には富士建設株式会社(以下「富士建設」という。)に支払われたもので、架空造成費を計上したものではない、(4)星名建設株式会社(以下「星名建設」という。)に関する二二六五万円も実際に同社に支払われたものである、(二)検察官主張にかかる架空支払利息は、被告会社が実際に支払ったもので、被告会社の損金になる旨主張しているので、以下所論に鑑み順次検討する。

一  小林工業関係造成費について

1  被告会社が小林工業に対して直接請負わせたゆたか団地(被告会社造成分譲にかかる宇都宮市山本町所在の山林三万坪弱の造成宅地としての呼称。)造成工事の造成費につき、検察官は、小林工業の公表帳簿に基づいて算出した(一)被告会社の昭和四三年九月一日から同四四年八月三一日までの事業年度(以下「四四年八月期」という。他の事業年度についても、右に做う。)に一八五三万九二八〇円、(二)四五年八月期に四二五〇万円、(三)四六年八月期に八三五一万七〇〇〇円の合計一億四四五五万六二八〇円が真実であり、これを上廻る被告会社の公表計上額は架空造成費である旨主張する(論告要旨第二の一)。これに対し、弁護人は、被告会社の公表帳簿計上額である(一)四三年八月期六五万七五〇〇円、(二)四四年八月期一九六二万一三〇〇円、(三)四五年八月期三三五〇万円、(四)四六年八月期二三七四万七〇〇〇円、(五)四七年八月期一〇四五万円、(六)四八年八月期一億二二〇九万円(検察官において富士越建設に対する架空造成費計上であると主張する二九〇〇万円を含む。)の合計額二億一〇〇六万五八〇〇円が、小林工業関係の真実の造成費である旨主張している(弁論要旨第一、第二)。

2  よって検討するに、被告人ヒサの当公判廷における供述及び第一三回、第一四回公判調書中の各供述記載部分、第七回公判調書中証人越井金四郎、第九回公判調書中証人柴田一、第一〇回公判調書中証人小林克己の各供述記載部分、第一一回公判調書中証人小林克己、同船沢満枝に対する裁判所の各尋問調書(以下、証拠方法の種別如何にかかわらず、これらを「被告人又は証人何某の供述又は証言」ということがある。他の供述者についても同じ。)並びに被告人ヒサの検察官に対する昭和五〇年九月一四日付(乙15)、同月一五日付(乙16)、同月一八日付(乙17)、同月二七日付(一一枚綴りのもの。乙1)及び同月二八日付(八枚綴のもの。乙2)各供述書(以下「検察官調書」ということがある。)、柴田一(二通、甲12、13)、小林克己(甲34)の各検察官調書、船沢満枝作成の上申書(甲8)、押収してある被告会社の四三年八月期から四八年八月期までの各期の総勘定元帳(符1、2、5ないし8)、工事請負契約書等(符16、17)、領収証等(符28)、道路拡幅及び舗装工事設計書(符29)、小林工業(株)関係書類(符30)及び契約書写等(符31)によれば、次の事実を認めることができる。

(1) 被告会社は、昭和四三年一二月ころ、富士越建設(代表取締役越井金四郎)にゆたか団地宅地造成工事を工事代金総額六五〇〇万円で請負わせ、同工事は同社から下請した小林工業(代表取締役小林克己。但し、昭和四三年八月ころから同四五年五月ころまでの間は、富士建設と商号変更。)によって契約工事内容どおり施工された(工事代金も、昭和四七年九月四日ころまでに完済された。)ものの、その後当該土地が規制地域となったことその他の事情に基づく大巾な設計変更に伴う追加工事が必要となったため、被告会社から直接小林工業に対して同団地造成関係工事を追加発注したこと。

(2) 被告会社と小林工業(富士建設名義のものを含む。)間のゆたか団地造成工事関係の契約書(見積書、明細書名義のものを含む。)は、道路工事、終末排水路改修工事、水道工事、ガードレール設置工事、街灯工事、受水槽廻り土留工事、縁石伏設工事、追加造成工事等を工事内容とする計一二通にのぼるところ(符16、29)、うち実際その工事をしていない架空の契約書であることが明らかな昭和四五年四月四日付請負代金八〇〇〇万円の造成工事請負契約書一通(符16)を除くその余の契約書の請負工事代金総額は九五七八万七七〇〇円であること。

(3) 小林工業代表取締役小林克己は、右のうち架空契約書を除く一一通の契約書記載の各工事に加え、現場事務所建築工事三五〇万円、栃木県小山市所在の霜田俊丸所有の土地の造成工事二〇〇〇万円及び水道管延長工事二〇〇〇万円等を小林工業が被告会社から直接受注して行い、その直接受注分の工事代金総額は一億四〇〇〇万円位になった旨検察官に説明していること(甲34)。

(4) 宅地造成の経験者として、被告人ヒサから依頼を受け、ゆたか団地造成工事に終始立会い、監督者的立場で関与していた豊開発代表取締役柴田一の観察によれば、被告会社と富士越建設、小林工業両社間との工事費総額は三億円位になったこと。

(5) 被告会社においては、当初小林工業に対する工事代金支払の資金がなかったため、一旦被告人ヒサの個人資金等を以てこれに充て、後日、銀行借入、ゆたか団地分譲販売代金入金等によってその公表資金に余裕が生じた段階で小林工業に支払った旨公表計上し、それに相応する出金で先の個人出損金を回収させる形態の経理をしていたこと。

(6) 被告会社は、小林工業に工事代金を支払った都度同社から領収証を徴していたが、その際、被告人ヒサは、小林克己あるいは小林工業経理担当者船沢満枝に対し、日付白紙の領収証を要求していたほか、後日領収証紛失あるいは公表帳簿処理のため必要などと称して金額、日付とも白紙の領収証の交付ないし領収証の差替等を要求し、その交付を受けながら従前受領していた領収証を返還しなかったりしたこと(その一例として、本件証拠物に照らせば、被告会社の手元に小林工業作成にかかる被告会社宛の日付白紙の領収証七通及び富士建設作成にかかる日付、金額とも白紙の被告会社宛領収証が存在していたこと(符30)並びに日付、金額同一の小林工業作成にかかる被告会社宛領収証が重複して存在していたこと(符28、30)が明らかである。)。

(7) 小林工業においては、被告会社からの直接請負による造成工事代金を被告会社から受領する都度、被告人ヒサからの記帳留保あるいは日付繰延等の要請にもかかわらず、船沢満枝の手によって、その日時、金額を同社金銭出納帳に正確に記入し経理処理していたこと。

(8) かくして経理処理された小林工業の総勘定元帳に照らせば、被告会社からの受取工事代金は、最初の入金である昭和四三年一二月一〇日分から同四四年七月五日分まで(被告会社の四四年八月期に相応する期間中のものである。以下単に被告会社の事業年度に即して述べる。)に入金された一八五三万九二八〇円と、四五年八月期に四二五〇万円、四六年八月期に二五六八万七〇〇〇円、四七年八月期に二一七一万円、四八年八月期に六一二万円の入金合計一億一四五五万六二八〇円であり、これに昭和四八年七月五日、被告会社から借入金名目で受領した請負工事代金三〇〇〇万円を加算すると一億四四五五万六二八〇円であること。

(9) 被告人ヒサ自ら検察官に対し、小林工業から被告会社の実際支払額よりも多額に亘る水増し領収証を受領しており、小林工業関係造成費についての被告会社の公表帳簿計上額は過大計上であった旨肯認していること。

以上の諸事実が認められる。他方、被告会社の総勘定元帳に照らせば、弁護人主張の如く被告会社の小林工業に対する造成費関係として、四三年八月期六五万七五〇〇円(符5)、四四年八月期一九六二万一三〇〇円(符6)、四五年八月期三三五〇万円(符7)、四六年八月期二三七四万七〇〇〇円(ほか同期末における造成費未払分として一億三九四五万五二〇〇円。符8)、四七年八月期一〇四五万円(全額同期末において前期未払金計上に対応して未払金勘定に科目振替。符1)、四八年八月期九三〇九万円(全額期末に未払金勘定に科目振替。ほかに(有)富士建設名義で二九〇〇万円。符2)がそれぞれ計上されており、四八年八月期支払計上分全額(二九〇〇万円については後記三参照。)及び四七年八月期支払計上分の一部について、それに相応する小林工業発行名義の領収証二五通(符28)が存するものの、前示認定事実に照らせば、被告会社の公表帳簿計上額は、日時、金額の点において到底真実の造成費支払を顕すものとは認められず、各領収証の存在も後日差替えられたものあるいは日付等を追加記入したものと推察される(既に指摘した如く同一日付、金額の領収証が二通存在することあるいはその表示に相応する支払記帳が何ら見受けられない領収証が被告会社の下に存在すること(符30)、また前記領収証中には日時の順と無関係に縦書及び横書のものが併存しており、二五通中一連の発行番号が記載されているものは極く一部に過ぎないこと等はその証左と解される。)ことよりすれば、被告会社の公表帳簿計上額が正確であることを根拠づけるものとは認め難い。

翻って、小林工業において公表帳簿に計上されている造成工事代金額は、前示認定した如きその記帳ないし経理処理状況からみても、受領日時の点を含めて正確なものと認められるのみならず、工事施工者及び工事監督者という異なる立場の者の供述並びに契約書等に照らしても充分その正確性を担保されていると解される。そうだとすれば、被告会社が小林工業に直接発注した造成工事に関する造成費は、小林工業の公表計上額が真実であり、これに基づいて算定するのが相当である。

従って、被告会社の小林工業関係造成費は、(一)四四年八月期一八五三万九二八〇円、(二)四五年八月期四二五〇万円、(三)四六年八月期二五六八万七〇〇〇円、(四)四七年八月期二一七一万円及び(五)四八年八月期については借入金名目で受領した三〇〇〇万円を含めた三六一二万円と認める。

ところで本件のように造成団地を分譲する場合に、その分譲にかかる原価の額の計算につき法人が法令の定めと異なる方法によっている場合においても、その方法が分譲価額に応ずるものであって継続的に適用されており、かつ、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従っている限り、法人の意思を尊重して計算するのが妥当と解されるところ、被告会社においては、その経理処理につき、たとえば富士越建設関係の造成費計上に際し、既に昭和四三年末には工事代金が一億六五〇〇万円と確定し、その工事も同四五年夏ころまでに殆んど終了していた(証人越井金四郎の証言)にも拘らず、実際の支払に準じて四八年八月期にまで順次造成費を計上していること等いずれの場合においても専ら実際(支払)造成費を基礎として工事原価を算定し、しかも継続的に経理処理していたことが認められるので、右方法も税法における期間損益の本旨に反しないものと認め、被告会社の経理処理の取扱いを妥当と解することができる。

そのため検察官において被告会社の造成費に係る計上金額については否認しながらも、その経理処理方法自体についてはそのまま踏襲して本件ゆたか団地造成工事における各事業年度の工事原価の算出に当っては、当該事業年度における実際(支払)造成費を基礎とした旨主張しており(昭和五二年七月六日付補充冒頭陳述書)、弁護人も「各期における投下資本の額を原価算定の基礎とす」べきである(弁論要旨第七)旨述べていることとも併せて、本件は右の方法によって算定するを相当と認めた。

そこで次に検察官の主張する小林工業関係造成費金額について検討するに、前示認定のとおり、小林工業の公表計上額に基づいて算定するを相当とすべきであり、具体的には昭和四六年八月期二五六八万七〇〇〇円、四七年八月期二一七一万円、四八年八月期については三六一二万円であるのに拘らず、検察官においては、昭和四六年八月期につき、後の二事業年度分計五七八三万円を加算した合計八三五一万七〇〇〇円をもって同期の造成費であると主張している。

しかしながら、四六年八月期末の時点において小林工業による造成工事が全部完了していたものとは到底認めることができない(翌期以降において実際施行したものも認められる。)のみならず、本件が追加発注工事である性格上、工事の進捗その他の模様状況、見積変更等に応じて適宜追加して注文がなされることも充分窺われるのであるから、昭和四六年八月末日現在において、被告会社と小林工業間において造成費の金額を的確に見積れる程債務が確定していたものとも認め難いし、そのこと自体かえって、実際(支払)造成費を基礎とする方法と矛盾することとなる。

このようにみてくると、翌四七年八月期以降において実際に支払われた造成工事代金をもって、そのまま四六年八月期における小林工業関係の造成費とする主張は採用できないのみならず、他に小林工業関係分に限って検察官の主張するような方法・金額をもって特別に処理すべき合理的理由も存しない。

しかも、小林工業関係造成費を四六年八月期から四八年八月期までの期間に実際支払額を基礎として配分し直して算定すると、後記の如く、結果として検察官主張の方法、数額よりも被告会社に有利となる。

以上のとおり四六年八月期の小林工業関係造成費につき、検察官の主張するその金額の記載については、翌期以降に実際に支払われた金額が含まれていると認められるので、計上時期を実際支払時点に繰延べない限り、被告会社の経理状況に照し合理性を欠くうえ、被告会社にとっても計数上不利益なものと考えられるから相当とはいい難く、よって当裁判所は検察官の主張額を採用せず、前示のとおり各々その実際支払時点の属する事業年度における実際支払額をもって造成費として認めることとした。

3  弁護人は、証人小林克己、同船沢満枝の、被告会社からの直接受注工事分の造成費につき、実際に被告会社から受領した工事代金の一部につき小林工業において公表帳簿に受入記帳していないものがある旨の各証言を援用して、小林工業の公表計上額には多額の計上洩れがある旨主張する。

右両証人の証言中には確かに所論指摘の如き箇所が存するところ、両名は小林工業においてかかる受入記帳洩れを生じた理由として、ゆたか団地造成工事にかかる前後に造成工事を請負っていた大都不動産が倒産したため、同社関係で二五〇〇万円、連鎖倒産を含めて三五〇〇万円程度(但し、船沢は二〇〇〇万余円である旨小林と食い違う証言をしている。)の損害を被り、被告会社から受領した工事代金の一部を記帳処理しないまま、右損害の穴埋めに充てたためであるとしている。しかしながら、小林工業(当時の社名富士建設)の昭和四五年三月期の総勘定元帳(符41)によれば、同社は同事業年度において大都不動産に対する貸倒損失として二三〇二万九三三五円、その他の八社に対する貸倒損失として九九六万六八三〇円、合計三二九九万六一六五円の貸倒損失を計上していることが明らかであり、右計上額は前記証言にかかる小林工業の損害額と内容、金額ともに殆ど等しいところからすれば、小林工業は大都不動産倒産に関係する損失をそのまま公表帳簿上損金として計上したものと認められる。そうだとすれば、同事業年度中はもとより、その後においても、小林工業が簿外による経理処理をしてまで右倒産に関連する出費をなす必要性は到底考えられず、所論引用の前記証言はその余の点を検討するまでもなく不合理不自然なものとして措信できない。

更に、弁護人は、小林工業直接受注分の工事中には、契約書なしのものもあることをあげて小林克己の検察官に対する供述調書の供述記載内容の信用性を論難するが、小林克己は被告会社と小林工業間の契約書を参照しながら、実際に施工した契約書と架空の契約書を明確に区別して実際工事した分についてはその具体的内容、経緯等を供述し、更に契約書が見当らない工事についても、その内容、工事金額を個別に説明したうえで直接受注分は総額一億四〇〇〇万円位になる旨述べているのであって(因に同人の供述に基づいて各個別工事金額を合算し、工事金額を算定すると一億三八九二万円となり、前記金額と略々合致する。)、所論は採用するに由ないものである。

また、弁護人は、被告人ヒサの小林工業に対する造成工事代金については、まず個人資金で支払い、被告会社に資金余裕ができたときに被告会社から支払ったように処理して個人資金を回収する方法をとっていたが、被告会社の帳簿に記帳された支払金額は、実際に小林工業に支払ったもので偽りはない旨の公判廷供述(第一三回、第一八回、第一九回)を引用して被告会社の支払記帳額が真実である旨主張している。しかしながら、被告人ヒサから小林工業の公表経理処理を被告会社のそれに合わせるよう依頼をうけ、その指示内容通りに記載して被告人ヒサに手交した(証人船沢満枝の尋問調書)船沢満枝作成にかかる小林工業用箋三枚綴メモのリコピー(符31)の記載によれば、右供述はにわかに措信し難いものである。すなわち、同メモ三枚目には、昭和四七年九月一四日から同年一二月二七日までの一〇回に亘る日時、金額の記載があり、これらは小林工業においても公表受入計上しており従って真実の支払と認められる同年一二月一五日付三六万円の記載がないことを除いて、右期間中の被告会社の小林工業関係造成費の公表計上と略々一致するものであるところ、その下段に更に、「この金額より裏二二二六万円を落とした差額と四八年一月以降は八〇〇〇万円の内入金」との注記が存する。従って、その記載よりすれば右一回の支払記載中、二二二六万円は既に支払われたものに充当すべき計上であり、その余(昭和四八年一月以降の計上分を含む。)は前記工事代金総額八〇〇〇万円の工事請負契約に基づく工事代金の支払として処理されるべきものであることが窺われる。しかるところ、右にいう裏の支払二二二六万円については、同メモ一枚目、二枚目に裏と記載されている五回の支払分合計二二二六万円を指すものと解されるが、これについては既に小林工業において、その大部分を正確に記帳処理していることが明らかであり、また工事代金八〇〇〇万円の契約は実際に施工されなかった架空工事契約であることが明らかである。そうだとすれば、四八年八月期における被告会社の小林工業関係造成費計上額は、既に小林工業で公表計上しているものを除けばその殆どが架空造成費であると断ぜざるを得ない。これにその他前示認定の事実をも勘案するに、所論引用の被告人ヒサの公判廷供述は信用できないものと言わねばならない。

二  豊開発支払記帳の二七〇万円について

弁護人は、豊開発が公表計上している小林工業に対する昭和四七年八月一二日付水道管工事代二七〇万円の支払は、実際に、被告会社の負担において、ゆたか団地造成費として支払われたものであるから、被告会社の四七年八月期の造成費に加算すべきである旨主張する(弁論要旨第四)。

確かに、豊開発の四八年三月期総勘定元帳(符10)、仕入帳(符11、12)、現金預金出納帳(符13、14)を見るに、昭和四七年八月一二日付で、八千代信用金庫代々木支店(以下「八千代/代々木」と表示する。他の支店についても同じ。)の豊開発名義普通預金口座から、二七〇万円が小林工業に対する水道配管工事代支払名目で払い出されていることが窺われる。しかしながら被告人ヒサの公判廷供述(特に第一三回公判調書中の供述記載部分)及び検察官に対する昭和五〇年九月一四日付(乙15)、同月二四日付(七枚綴のもの、乙19)、同月二七日付(乙1)、同月二八日付(乙2)各供述調書並びに証人柴田一の証言及び各検察官調書(甲12、13)によれば、(1)前記八千代/代々木の豊開発名義普通預金口座は実際は被告会社の預金であること、(2)豊開発において公表帳簿上造成費として計上したものの中には、(ア)被告会社が豊開発名義で、あるいは豊開発自ら被告会社負担の約定の下に、ゆたか団地造成に関して、実際に造成工事を発注・施工させ、その工事費を支払った真実の造成費と、(イ)前記普通預金口座に多額の売上代金が入金、蓄積してきたため、利益除外の目的で架空の工事を計上した架空造成費とがあること、(3)豊開発が直接小林工業に発注したのは水道配管工事であるところ、柴田一は小林工業の工事については、契約締結からその施工まで終始立会っており、工事内容もよく承知していたところ、同工事は一部竣工の遅れた部分があったがそれも昭和四七年にまたがる程度で、同年初めころには全て完了していたこと、(4)豊開発の広田建設産業株式会社(以下「広田建設」という。)に対する造成費計上は全て架空であることを認めることができ、以上認定の事実に柴田一作成名義の上申書(記録第149号と記載されているもの、甲50)及び船沢満枝作成の上申書(甲8)の記載をも併せ考慮すると所論は理由のないことが明らかである。すなわち、豊開発側の上申書(甲50)によれば、同社計上の小林工業関係造成費六口合計一一九〇万円のうち、本件二七〇万円のみが豊開発工事立会分以外の工事の欄に区別して記入されているところ、前示認定の柴田一の工事立会状況に鑑みると、同人は豊開発が実際に発注した造成工事については、その施工に立会していたものであるから、右二七〇万円の工事は実際に発注、施工されなかったものと解するほかなく、このことは二七〇万円同様工事立会分以外の工事欄に区分されているのが全て、架空計上であることが明らかな広田建設関係の造成費であることに徴しても充分裏付けられるのである。のみならず、既に説示した如く、記載内容の正確性を充分肯認しうる小林工業側上申書(甲8)に照らしても、同社において豊開発からの工事収入金として記帳しているのは、豊開発側上申書に豊開発工事立会分と記載している九二〇万円分のみであって(これについては、両上申書は、日付、金額の点まで悉く一致しており、その正確性を相互に担保している。)、本件二七〇万円については、小林工業においても受入記帳していないことが明らかで、実際に同社が受領していないものと認められるのである。

これに反して、弁護人は小林工業関係造成費について架空計上したものはない旨の証人柴田一の証言を引用するが、同証言は、同人において架空工事契約名を考案したもので架空工事であることが明らかな被告会社と広田建設間の造成工事契約についてすら、架空であったことをはっきりと肯認しない態度に象徴される如く、その造成工事関係の供述には全体として被告人ヒサ及び被告会社に不利益な証言をことさらに回避しようとする供述態度が窺えるのみならず、自ら業者を選定発注した豊開発の金子組に対する造成工事費総額についての証言も客観的事実と食い違っており、十分に資金余裕があったにも拘らず、何故に昭和四七年初めころには既に完了していた小林工業関係の工事費支払を同年八月まで遅延させたか(その余の真実と認められる九二〇万円の支払時期は昭和四六年三月及び一〇月である。)、あるいは、自らその工事に終始立会関与していたとしながら、何故二七〇万円についてのみは豊開発工事立会分以外の工事に区分したのか等についての説明が全くみられないなど不自然不合理な点が多々見受けられ前示認定を覆すに足りない。

以上の次第であるから、所論は理由がなく採用の限りでない。

三  富士越建設関係の二九〇〇万円の造成費について

1  弁護人は、被告会社において公表帳簿上昭和四七年九月五日付で支払記帳している工事代金二九〇〇万円は、検察官主張の如く富士越建設に対する架空造成費を計上したものではなく、実際にゆたか団地造成工事代金として富士建設に支払われた造成費である旨主張している(弁論要旨第二)。

2(一)  本件二九〇〇万円については、前記弁護人の主張からも明らかなように、被告会社の公表経理処理自体につき、検察官は、これを富士越建設に対する造成費の支払として計上したものと解し、他方、弁護人は、支払先の表示について正確性を欠くものの富士建設に対する代金支払を記帳したものであると主張している。

そこで、先ず本件二九〇〇万円の造成費に関する被告会社の公表経理処理の経緯を見るに、(1)本件二九〇〇万円についての領収証は富士越建設の記名印及び丸印の押捺された同社作成名義のもので、金額欄にはアラビア数字の横書チエックライターで二九〇〇万円と記載され、日付、宛先及び但し書欄には各々手書きで「四七年九月五日」「(有)豊金融不動産」「豊団地工事代金」と記載されており (符28)、(2)これを受けて被告会社の同日付振替伝票には「借方科目。造成費二九〇〇万円、貸方科目。通知預金二九〇〇万円、摘要。団地工事代金(有)富士越建設」と記帳され(符42)、(3)被告会社の四八年八月期総勘定元帳においては、造成費科目の昭和四七年九月五日欄に「摘要。通知預金、(有)富士建設、団地工事代金」「借方。二九〇〇万円」と記載されている(符2)ことが明らかである。以上の各記載に証人石橋国雄(第一二回公判調書中の供述記載部分)、同小林克己(裁判所の尋問調書を含む)の各証言及び被告会社総勘定元帳(符1、2、5ないし8)を総合すれば、被告会社において本件二九〇〇万円を富士越建設に対する造成費支払として公表計上したことを優に認めることができる。すなわち、二九〇〇万円の経理処理の原始証票たる領収証が、富士越建設作成、発行名義であること、被告会社の伝票、元帳の記載はいずれも「有限会社」を社名上部に冠しているところ、弁護人主帳にかかる富士建設の正式商号は「富士建設株式会社」であり、会社の種類及びその表示位置が異なるのみならず、同商号は既に昭和四五年五月ころに小林工業と変更され、同四七年九月ころには存在しなかったこと、原始証票たる領収証と伝票、元帳間の記載が異る場合、もとより後者は前者を転記して作成されるものであるから、通常前者の方が取引の実態に即した正確なものと言いうること、被告会社の総勘定元帳作成にあたった石橋税務会計事務所においては、被告会社起票にかかる伝票に基づいて元帳を作成しているに過ぎず、伝票の名宛人の誤りを指摘できる立場になく、また伝票と元帳の各記載の間に齟齬が残存していることからみて、意識的な訂正がなされたものとは認められないのみならず、富士越建設名義の昭和四七年九月五日付領収証(符28)及び「富士越建設」工事代金精算金と記帳された同月六日付出金伝票(符42)が存在し、実際に同社に支払われたことが明らかな一五五二万円についてすら、被告会社の四八年八月期総勘定元帳(符2)にあっては、土地建物科目昭和四七年九月六日欄では正確に「富士越建設」と記載されながら、同期末における科目振替処理に際しては、同科目及び造成費科目に各々「富士建設」と誤記されていること等を総合すれば、所論指摘にかかる元帳の記載は石橋税務会計事務所における単なる転記ミスに過ぎないものと認められるのである。

なお、弁護人は、被告会社において後日領収証の発行名義の誤りに気づき、石橋に支払先の訂正方を連絡要請したものである旨主張するが、石橋税務会計事務所において保管していた伝票及びそれに基づき毎月作成、保管していた元帳に何ら訂正の跡が窺われないこと及び前示の如く富士建設とみるならば極めて不正確な記載に止まっていることからして採用できない。

(二)  そこで、被告会社から富士越建設に対する本件二九〇〇万円の造成費支払の有無を検討するに、証人越井金四郎の証言、津村高子作成にかかる上申書(甲47)によれば、同社が被告会社から受領したゆたか団地造成工事代金は、当初契約分の一億六五〇〇万円のみであって、右の支払の一部としてはもとより、それ以外に別途二九〇〇万円を受領した事実もないことが明らかである。

(三)  従って被告会社の公表経理処理を前提とする限り、二九〇〇万円が架空造成費であることは明らかであるが、弁護人の所論に鑑み、念のため富士建設こと小林工業に対する造成費二九〇〇万円の支払の有無を検討するに、既に説示した如くその作成経緯、他の客観的証拠との比較等からして被告会社からの造成工事代金受領状況を正確に記載したものと認められる小林工業の上申書(甲8)によれば、同社が二九〇〇万円を受領した事実のないことが明らかであると言わねばならない。

のみならず、被告会社が本件二九〇〇万円の領収証を取得した経緯に照しても、二九〇〇万円は架空造成費を計上したものであることが充分裏付けられる。すなわち、証人越井金四郎、同小林克己の各証言、小林克己の検察官調書(甲34)、越井金四郎の手帳(符26)及び領収書等(符28)に被告人ヒサの検察官に対する昭和五〇年九月一五日付供述調書(乙16)を総合すれば、越井金四郎の代理人佐藤幸雄、同笹崎幸一と小林克己とが、昭和四七年九月四日ころ、被告会社と富士越建設間の工事請負契約に基づく最終工事代金一五五二万円を受領するため、豊開発現場事務所の被告人ヒサらのところへ赴いた際(従前より富士越建設の工事代金受領に際しては、通常小林も同道していた。)、佐藤において被告人ヒサから富士越建設発行にかかる一五五二万円の領収証とともに金額白紙の領収証の提供方を要求され、越井にその旨電話連絡し指示を仰いだこと、越井において被告会社からの工事代金支払が滞りがちであった状況に鑑み、最終精算金受領のためには要求に応ずるも止むを得ないと考え、了解を与えたので、佐藤はその場で富士越建設の社名印及び代表者丸印を押捺した金額白紙の領収証一通を、一五五二万円の領収証とともに被告人ヒサに手交したものであるが、二九〇〇万円の領収証の手書部分は前記佐藤らが書いたものではないことが認められる。そうだとすれば右二九〇〇万円の領収証は、昭和四七年九月四日ころ富士越建設側から入手した金額白紙の領収証を使って、後日被告会社において、恰も富士越建設に対し造成費として二九〇〇万円を支払ったかの如く仮装すべく、架空造成費計上のための手段として作成したものと解されるのである。

もっとも、弁護人は越井の手帳(符26)には、昭和四七年九月四日欄に「一〇〇万円の空受取を書かせられた」旨記載されており、前記領収証とは日時、金額の点で異っていることを論難するが、(ア)まず、日時の点に関しては、小川信用組合常務理事越井金四郎作成名義の昭和四八年一一月八日付証明書(甲45)によれば、同組合の富士越建設名義普通預金口座等に昭和四七年九月四日、合計一五五二万円が入金されている事実が認められることと対比すれば、むしろ領収証の日付の方が誤りであると解されるし、(イ)また、領収金額が一〇〇万円云々とされている点に関しては、右手帳の記載は佐藤から越井に対する電話連絡に基づくものであること、右電話連絡の時点ではもとよりその後においても、領収証への金額の記載は佐藤が自らなしたものではないこと等の諸事情を勘案すれば、単なる聞き違いないしは誤記の可能性も考えられるのであって、これらを以て前記認定を左右するに由ないものといわざるを得ない。

3  しかるに、弁護人は、本件二九〇〇万円の領収証は、小林克己作成のメモ(写)(弁護人証拠申請番号五)に記載のとおり、被告人ヒサと小林克己との間において従前小林工業(富士建設)が施工し、工事代金受領済の小口工事分合計二九〇〇万円に及ぶ仮領収証数通を一括して、前記一五五二万円授受の機会に、二九〇〇万円の本領収証一通に切替えようとしたものであり、その際本来、富士建設発行名義の領収証を授受すべきところ、小林克己が誤って富士越建設発行名義の領収証を被告人ヒサに交付したものである旨主張し、被告人ヒサ及び証人小林克己の公判廷供述中には論旨に添うかの如き部分も見受けられる。

しかしながら、所論援用にかかる証人小林克己の証言は、右領収証切替えの際に実際に金員を受領したとする点では一貫するものの、受領額については被告人ヒサの公判廷供述と食い違うのみでなくその証言自体においても変遷して判然とせず、またこの点に関する被告人ヒサの公判廷供述も領収証受領から公表計上に至る経緯及び領収証発行名義人の誤りを発見、訂正させた状況等につき前後矛盾するなど、真実弁護人主張の如き特異な事態が発生していたものであれば、当事者としては当然に明確な記憶を有しているものと考えられる事項においてすら、これに対する、その曖昧な供述内容からすれば、いずれもにわかに措信し難い。のみならず、所論指摘のメモに記載され、被告人ヒサ、小林両名が揃って領収証切替時に実際金員の授受がなされたと供述する小山市所在の霜田俊丸から買収した土地の造成費残金九〇〇万円については、「小山分」と題する入金明細メモ(符30)、証人船沢満枝に対する裁判所の尋問調書及び小林克己の検察官調書(甲34)によれば、当初小林側から被告会社に対し土地代も含めて二九〇〇万円と見積り請求したものを九〇〇万円値引し、二〇〇〇万円と定めて既に昭和四五年迄には支払済であったことが明らかであるから、その支払自体はもとより前記メモ記載の信憑性についても疑念を抱かざるを得ない。更に小林克己自身、一方において、富士越建設分最終代金受領の際、被告人ヒサから同社発行名義の白紙領収証の交付を要求され、越井の了解を得たうえで、これに応じた旨証言していること、従前受領済の小口工事分仮領収証を一通の本領収証に切替ることは被告人ヒサからの要求によるものであるとするにもかかわらず、却って小林側で切替分の小口工事内容を列記したメモを作成、交付することは不自然であるうえ、仮りに被告人ヒサと小林間で事前に切替の相談がなされ、メモまで作成されていたとするならば、富士越建設側の代理人二名も別途同行していることとも併せて、小林が誤って富士越建設発行名義の領収証を準備し、被告人ヒサに手交するが如き事態は到底考えられず、また被告人ヒサとしても富士建設ないし小林工業の領収証と富士越建設のそれとは、用紙の形状、記載事項等が外形上一見して明らかに異なる(符28、30)のであるから、漫然と名義を確認しないままに誤りを看過したものとは考え難いこと、前記メモに別途記載し、領収証切替と同時に支払を請求したとする未払金三〇〇〇万円の支払が昭和四八年七月五日ころ迄一年近くも遅延していること(被告人ヒサは、この点につき工事が半分も済まないうちに先に金を要求するので貸付として小林に交付したと供述する(第一三回)が、他方自ら、小林工業の工事は昭和四七年秋ころまでには終わっている(第一九回)としているのであるから、支払遅延の適切な理由とは認め難い。)前記船沢作成にかかる三枚綴のメモ(符31)その他被告人ヒサから指示されて船沢において作成した被告会社の小林工業(富士建設)に対する公表支払計上の状況に関する各書面に昭和四七年九月五日付二九〇〇万円の記載が見受けられないこと等諸般の事情を総合すれば、所論は理由がなく採用の限りでない。

なお、弁護人は、前記認定によれば、被告人ヒサは定額工事代金の最終代金一五五二万円を支払い、支払記帳したその日に更に二九〇〇万円の架空造成費を計上したことになり不自然である旨主張するが、被告会社の総勘定元帳(符1、2、5ないし8)及び昭和四七年九月分出金伝票、振替伝票(符42)に徴すれば、被告会社においては前記昭和四七年九月四日ころの富士越建設に対する最終工事代金一五五二万の支払につき、領収証は同月五日付となっているにもかかわらず、出金伝票において一旦同月五日付としたものを後に同月六日付と訂正したうえ、土地科目として処理し、四八年八月期総勘定元帳においても一旦土地建物勘定科目借方欄に記帳し(一〇回以上に及ぶ富士越建設に対する工事代金支払記帳中、かかる経理処理をしたのはこれのみであり、その余はいずれも当初から造成費科目に計上。)ことさら昭和四七年九月五日付で造成費科目に記帳した二九〇〇万円と外形上隔離しようと経理処理した事跡が窺われるのであるから、理由がない。

四  星名建設関係

被告会社の四八年八月期総勘定元帳(符2)には、星名建設に対するゆたか団地造成工事代金として、(ア)昭和四八年二月一六日一五〇〇万円、(イ)同年三月一〇日七六五万円、(ウ)同年五月九日四七五〇万円の各支払記帳がなされているところ、弁護人は右(ウ)四七五〇万円の関係が架空造成費計上であることを認めるものの、右(ア)、(イ)の合計二二六五万円については、被告会社において、請負金額二二六五万円の請負工事契約に基づいて発注し、星名建設が実際に施工したゆたか団地造成関係工事の工事代金を支払ったもので架空計上ではない旨主張する(弁論要旨第三)。もっとも、検察官も、右(イ)の七六五万円関係については、支払相手先は兎も角として、被告会社が、実際に造成工事関係の支払として右金員を支出したことを認容している(当裁判所も関係各証拠によりこれを認める。)ので、ここでは残る右(ア)の一五〇〇万円関係の支払の有無につき検討することとする。

ところで、星名建設に対する工事代金二二六五万円の支払に関する資料として、被告会社と星名建設間の昭和四七年一〇月二五日付民間建設工事請負契約書(工事名-ゆたか団地土留擁壁工事、及び道路工事、請負代金額二二六五万円)並びに一五〇〇万円の支払に関する資料として、星名建設作成名義の同四八年一月三一日付被告会社宛請求書(第一回出来高請求額一五〇〇万円)及び星名建設作成名義の同年二月一六日付被告会社宛一五〇〇万円の領収証がそれぞれ存在している(符18)ものの、右契約書は市販の契約書用紙に当事者名、工事名、請負代金額等を記入したものに過ぎず、添付図面や仕様書等も何等付されておらず、工事の具体的内容は一切取り決められていないことが窺われる。のみならず、星名建設経理担当者新野成美の検察官に対する各供述調書(甲14、15)及び公判廷での証言(第九回)、柴田一の検察官に対する各供述調書(甲12、13)及び公判廷での証言(第九回)、証人越井金四郎の証言(第七回)、小林克己の検察官に対する供述調書(甲34)八千代/代々木支店長作成名義の証明書(甲51)金銭出納帳(符21、24)並びに被告人ヒサの検察官に対する昭和五〇年九月二七日付各供述調書(乙1、20)を総合すると、前記契約書記載の工事名等は、被告人ヒサから利益圧縮のため適当な架空工事を計上したいとの相談をうけた柴田一において案出したものであること、被告人ヒサから旧知の間柄であった星名建設代表取締役保科春雄に対して内容虚偽の前記契約書、領収証等の作成を依頼したこと、前記契約書、請求書、領収証は保科の指示を受けた新野において何ら実体のないまま作成したこと、ゆたか団地造成現場に終始立会いあるいは出入していた越井、小林及び柴田のいずれもが、現実に星名建設が工事を施工していたところを見聞していないこと、一五〇〇万円の支払日と記帳されている昭和四八年二月一六日当日に、八千代/代々木において被告人ヒサの一口五〇〇万円の仮名通知預金三口が設定され、一五〇〇万円がそのまま預金化されていること、以上の事実を認めることができる。

およそ工事代金総額二二六五万円にも及ぶ請負工事について、実際工事の衝にあたる建設業者と無関係な第三者が契約工事内容、金額等を定めること自体、異常であるのみならず、その具体的工事内容が何ら約定されないことは極めて不自然、不合理というほかなく、また実際それだけの工事が施工されたとすれば相当長期間に亘るべきはずのところ、当時ゆたか団地にしぱしば出入していた関係者等がいずれもその状況を全く現認していないことは、そのような工事が実際施工されなかったことを窺わせるに十分である。そうだとすれば、前記新野の「宇都宮の工事はなかった」旨の供述(甲15)をまつまでもなく、前記認定事実に照らして、本件一五〇〇万円の支払記帳が架空造成費を計上したものであることは明白である。

なお、弁護人援用にかかるゆたか団地の造成工事について星名建設では契約代金二二六五万円の分は実際工事をしている旨の新野の証言は、極く小規模な会社において経理を一人で担当し実質的に社長を補佐する立場にあった者の証言としては、具体的工事内容及び代金受領状況等に関する供述が極めて曖昧であって合理性に欠け、前掲関係証拠に照らして信用できない。更に、弁護人は、捜査段階における被告人ヒサの供述の変遷状況との対比よりみても、新野成美の検察官に対する昭和五〇年九月二四日付供述調書(甲14)の供述記載及びそれと略々同旨の公判廷証言は信用できる旨主張するが、右検察官調書中では工事代金としていくら受領したかが判然とせず、また請負代金総額二二六五万円の契約書及び一五〇〇万円、七六五万円の各領収証の記載が正確であるかどうか分らない旨の供述記載であるにもかかわらず、一年余りの日時を経た後の公判廷証言では却って明確に二二六五万円受領した旨供述していぬこと、請負代金総額四七五〇万円の分については、星名建設倒産後において工事完了し、その後に一括して代金請求受領した如き書面が作成されており、その外形上からも実際の工事及び代金授受がなされたとは認め難いものであること等に照らし所論は到底採用し難い。

また、被告人ヒサの星名建設に実際造成工事を施工させ、二二六五万円を支払った旨の公判廷供述も、同被告人の検察官に対する昭和五〇年九月二七日、二八日付各供述調書(乙1、2、3及び20)において、具体的な架空造成費計上の動機、方法及びその経緯を説明しているうえ、そこに窺える従前の否認供述を翻して肯認するに至った経緯及びなお一部否認を続けている供述状況等に対比するとき措信するに足りないことが明らかである。

更に、弁護人は、前示の如く、支払記帳日に支払額が被告人ヒサの仮名通知預金になっている点に関し、富士越建設、小林工業に対する工事代金の支払と同様、星名建設に対しても先ず個人資金で立替えて支払い、後日被告会社で支払記帳して先の個人資金を回収する方法によっていたためである旨弁解する(弁論要旨第三、第八)が、ゆたか団地造成初期の段階で専ら造成工事代金の出金が続き、対応する入金のなかった時期における富士越建設、小林工業に対する支払とは異り、星名建設に対する支払がなされたとする昭和四七年末以降は、既にゆたか団地の分譲、販売が順調に進み、却って利益圧縮のため種々架空造成費計上を画策するほどであったものであるから、あえて個人資金による支払を先行させるが如き変則的支払方法をとる必要性は何ら認められず(現に富士越建設に対する支払の最後二回分は、支払記帳と実際支払の時期が概ね一致している。)、論旨は採用の限りでない。

五  架空支払利息

弁護人は、検察官が架空計上であると主張している被告会社の四七年八月期総勘定元帳(符1)の昭和四七年二月二九日付小川信用組合に対する支払利息一〇万七六二九円の記帳は、実際に、被告会社において支払ったものを計上したのであって架空ではない旨主張する(弁論要旨第五)。

しかしながら、富士越建設の代表取締役であるとともに小川信用組合の常務理事でもある証人越井金四郎の証言(第七回公判調書)、被告人ヒサの公判廷供述(第一三回公判調書)及び検察官に対する昭和五〇年九月二八日付供述調書(乙2)、押収してある被告会社の四五年八月期及び四六年八月期総勘定元帳(符7、8)並びに小川信用組合常務理事越井金四郎作成名義の各証明書(甲45、46)、津村高子作成にかかる上申書(甲47)を総合すれば、(1)被告会社の富士越建設に対する工事代金支払については、先ず被告人ヒサの個人資金を以てこれに充てたため、富士越建設においても被告人ヒサの要請を容れ、ひとまず小川信用組合の同社に帰属する小林金四郎名義の仮名普通預金口座(口座番号九六九二及び九八二一)に預金し(昭和四五年三月までに一億三三〇〇万円預入れ)、公表計上しなかったこと、(2)後日、被告会社において同社名義で小川信用組合から手形貸付を受け(昭和四四年九月一七日一八〇〇万円及び一五〇〇万円借入れ、翌四五年九月八日右三三〇〇万円を一旦返済したうえで、三〇〇〇万円借増し、合計六三〇〇万円借入れ)、この借入金を以て富士越建設に工事代金を支払い、その旨公表経理処理したものがあり、富士越建設でも同様の公表計上をなしたこと、(3)本件支払利息は、右借入金に対するものであるところ、被告会社と富士越建設間では、右借入金の返済は、前払済の小林金四郎名義の預金を以て行い、その支払利息については、前記預金の受取利息相当分は富士越建設が、支払利息額と右受取利息額との差額は被告会社がそれぞれ負担することと約定され、そのとおり実行されたこと、(4)前記口座番号九六九二の小林金四郎名義普通預金口座から、昭和四七年二月七日付で、貸付金利息として一〇万七六二九円が払い出されていることが認められ、以上によれば、本件支払利息一〇万七六二九円は、 被告会社との約定に基づき、富士越建設において支払、負担したことが明らかである。

これに対し、弁護人は、右一〇万七六二九円については、富士越建設代表取締役越井金四郎が一旦立替払していたものを後日被告会社が同人に返済したものであると主張するが、証人越井金四郎は、当事者及び裁判官からの質問に対し、繰返し小林金四郎口座に発生する利息相当分は、富士越建設側で小川信用組合に支払った旨供述し、この間の経緯を詳細に述べながら何ら立替払の如き論旨に添う証言をしていないのみならず、前掲各証拠により認められる被告会社名義借入金の元利金返済状況、被告会社の支払利息記帳状況及び小林金四郎名義預金口座の出納状況を対比しても所論の如き関係は窺われない。所論は失当である。

(期首商品、造成費、期末商品の数額の認定及びそれに併う訴因調整勘定の設定)

一 認定した数額

前記小林工業関係造成費についての判断の際説示した如く、検察官は、被告会社の四七年八月期、四八年八月期における期首商品、造成費、期末商品各勘定科目の数額算定(及びその前提となる四五年八月期、四六年八月期における同様の算定)にあたって、被告会社が小林工業に直接発注した造成費額を、

〈1〉  四四年八月期 一八五三万九二八〇円

〈2〉  四五年八月期 四二五〇万円

〈3〉  四六年八月期 八三五一万七〇〇〇円

である旨主張して、算出の基礎としている。そして、これによれば、被告会社の四七年八月期及び四八年八月期における土地関係各勘定科目の数額は、

1 四七年八月期

(一) 期首商品 三億〇四四一万七九四八円

(二) 造成費 九九五万三五五五円

(三) 期末商品 二億三六〇三万六六二二円

(四) 当期販売土地原価 七七九三万四八八一円

2 四八年八月期

(一) 期首商品 二億三六〇三万六六二二円

(二) 造成費 二三九五万九三七二円

(三) 期末商品 六六二二万八七〇九円

(四) 当期販売土地原価 一億九三七六万七二八五円

となる旨主帳している。

しかしながら、小林工業関係造成費についても、既に詳説したとおりその余の各種造成費と同様に、これを現実に支払った事業年度における実際造成費として処理するのが相当であるから、

〈1〉  四四年八月期 一八五三万九二八〇円

〈2〉  四五年八月期 四二五〇万円

〈3〉  四六年八月期 二五六八万七〇〇〇円

〈4〉  四七年八月期 二一七一万円

〈5〉  四八年八月期 三六一二万円

であると認め(総額においては検察官の主張と合致する。)、これをそれぞれ当該事業年度の造成費中に算入すべきである。

そこで以上によって前記各勘定科目の正当な数額を算定する。先ず前掲関係証拠によれば、被告会社の各事業年度における土地関係の造成費は、

〈1〉  ゆたか団地分譲販売開始前の四五年八月期までに二億七三五二万二五八〇円

〈2〉  四六年八月期 五五二八万七七〇〇円

〈3〉  四七年八月期 三一二六万三五五五円

〈4〉  四八年八月期 六〇〇七万九三七二円

であり、同じくゆたか団地の分譲総予定面積六万九五二〇・〇六平方メートル中の各事業年度における販売土地面積は、

〈1〉  四六年八月期 一万四七八四・〇三平方メートル

〈2〉  四七年八月期 一万三五八六・七三平方メートル

〈3〉  四八年八月期 三万〇六六七・三五平方メートル

であるとそれぞれ認められる。従って、ゆたか団地販売開始年度である四六年八月期における(四)販売土地原価は、(一)期首商品二億七三五二万二五八〇円に(二)造成費五五二八万七七〇〇円を加えた三億二八八一万〇二八〇円を当期販売可能面積六万九五二〇・〇六平方メートルに対する当期販売面積一万四七八四・〇三平方メートルの割合で乗じた額である六九九二万四二九三円であり、同期の(三)期末商品の数額は、(一)プラス(二)マイナス(四)の算式で算出された二億五八八八万五九八七円である。以下、四七年八月期及び四八年八月期における各勘定科目の正当な数額も、前記認定額を基礎として同様の算式で算定した。

1 四七年八月期

(一) 期首商品 二億五八八八万五九八七円

(二) 造成費 三一二六万三五五五円

(三) 期末商品 二億一八一二万七八一四円

(四) 当期販売土地原価 七二〇二万一七二八円

2 四八年八月期

(一) 期首商品 二億一八一二万七八一四円

(二) 造成費 六〇〇七万九三七二円

(三) 期末商品 七〇八六万七六四一円

(四) 当期販売土地原価 二億〇七三三万九五四五円

であると認める。

二 訴因調整勘定の設定

従って、被告会社の四八年八月期の実際所得金額は、当期販売土地原価の増額分である一三五七万二二六〇円だけ減少することとなる。

他方、被告会社の四七年八月期の実際所得金額は、当期販売土地原価の減額相当分五九一万三一五三円だけ却って増加し、その逋脱法人税額もこれに応じて訴因の数額より増加を来すこととなる。しかしながら、かくては被告会社及び被告人ヒサに不利益な結果を生ずることは明らかであるところ、検察官は何らこの点について訴因変更を求める措置を採っておらず(本件審理の経緯に鑑みそのような措置を採るものとも認められない。)結局訴因の拘束を受けかような逋脱税額の増額認定は認められないものである。そこで逋脱所得金額の算定上、別途訴因の拘束力により右五九一万三一五三円に相応する「訴因調整勘定」科目を設定し、同額を借方、当期増減金額欄に計上することとした。

(法令の適用)

(被告会社有限会社豊金融不動産)

一  罰条の適用

判示各所為……各昭和五六年法律第五四号脱税に係る罰則の整備等を図るための国税関係法律の一部を改正する法律による改正前の法人税法第一六四条第一項、第一五九条(情状により罰金額は、それぞれ免れた法人税の額に相当する金額以下とする。)

一  併合罪の処理

刑法第四五条前段、第四八条第二項

一  訴訟費用の負担

刑事訴訟法第一八一条第一項本文、第一八二条

(被告人小日向ヒサ)

一  罰条の適用及び刑種の選択

判示各所為……(行為時)各昭和五六年法律第五四号脱税に係る罰則の整備等を図るための国税関係法律の一部を改正する法律による改正前の法人税法第一五九条第一項(裁判時)各改正後の法人税法第一五九条第一項(刑法第六条、第一〇条により軽い行為時法の刑を適用し、それぞれ懲役刑を選択)

一  併合罪の処理

刑法第四五条前段、第四七条本文、第一〇条(犯情重いと認める判示第二の罪の刑に法定の加重)

一  刑の執行猶予

刑法第二五条第一項

一  訴訟費用の負担

刑事訴訟法第一八一条第一項本文、第一八二条

(被告人小日向正春に対する無罪の理由)

一  公訴事実の要旨及び当事者の主張

1  被告人小日向正春(以下「被告人正春」という。)に対する本件各公訴事実の要旨は、

被告人正春は、被告会社の従業員(昭和四七年六月五日までは同社代表取締役)として同社代表取締役被告人ヒサとともに同社の業務全般を統括していたものであるが、被告人ヒサと共謀のうえ、被告会社の業務に関し、法人税を免れようと企て、判示罪となるべき事実記載のとおりの手段方法により、

第一 被告会社の四七年八月期における正規の法人税額一九八〇万九七〇〇円を免れ、

第二 被告会社の四八年八月期における正規の法人税額と申告税額との差額七六九三万三四〇〇円を免れ

たものである

というのである。

2  検察官は、被告会社のゆたか団地造成分譲事業に対する被告人正春の関与状況に徴すれば、同被告人が被告会社の法人税逋脱につき共同正犯としての責任を免れ得ないことは明白であるとして、被告人正春、同ヒサ夫婦(以下「被告人両名」という。)が協力して前記事業を遂行したこと、被告人両名の個人資産を同事業に提供していること、被告人正春において相被告人ヒサと意を通じ、売上金の管理、経理処理に積極的に関与する等、被告会社の主要な所得秘匿手段たる売上除外につき重要な役割を果したことを挙げている(論告要旨第四)。

これに対し、被告人正春の弁護人は、同被告人は、そもそも被告会社のゆたか団地造成分譲事業自体に反対であって、相被告人ヒサが同事業を積極的に推進、実行するに至ってからは、同社の経営から手を引いていたものであるから、その後における被告会社の法人税逋脱という本件犯行には何ら関与しておらず無罪である旨主張し(弁論要旨第六)、被告人正春も公判廷において一貫してその旨供述しているのみならず、相被告人ヒサにおいても、自己の犯行を略々認めていた第一回公判以来、その後も自己の犯行についてはその一部を認めながら、被告人正春については一貫して本件犯行に一切関与していない旨強調している。

ところで、本件公訴事実は、売上除外、架空造成費計上等によって被告会社の所得を秘匿したうえで、四七年八月期及び四八年八月期において、それぞれ虚偽過少の法人税確定申告書を提出し、もって法人税を逋脱したというものであるから、本件法人税逋脱の実行行為としては、右事前の所得秘匿行為をともなった虚偽過少申告行為を指すものと解すべきである。

従って、被告人正春に対し本件法人税逋脱の共同正犯としての刑責を問うためには、同被告人において右虚偽過少申告行為に直接関与したか、あるいは、相被告人ヒサとの間に、虚偽過少申告行為を行うため、共同意思の下に一体となって互いに他人の行為を利用し、各自の意思を実行に移すことを内容とする謀議をなし、よって犯罪を実行した事実が肯認されることが必要である。

この場合において、事前の所得秘匿行為に対する関与は、それが将来の虚偽過少申告行為の準備手段としての性格を有するものである以上、実行共同正犯における逋脱の犯意又は共謀共同正犯における謀議及び犯意の存在を推認するための重要な資料として看過し得ないところである(また、後記従犯の成否に関しても問題となるが、その点は別論とする。)のに対し、事前の所得秘匿行為と直接の関連を有しない被告会社のゆたか団地造成分譲事業に対する被告人正春の一般的関与状況の如きは、共同正犯の成否そのものには関係のない背景事情としての意義を有するに過ぎないのである。

そこで被告人正春に対し右共同正犯として刑責を問い得るためには、専ら虚偽過少申告行為ないしその事前の準備行為である売上除外等の所得秘匿行為に対する同被告人の関与状況を吟味する必要があり、またそれで足りるのである。

果して然らば、検察官が被告人正春の共同正犯成立の徴表として種々列挙する事項中、同被告人の刑責を直接左右するものとして検討を要すべき点は、結局、(1)被告会社の売上除外への関与(2)被告会社の法人税確定申告への加功を挙げるに止まることとなる。

すなわち、検察官の列挙する事実のうち、売上除外の事実(論告要旨第四の二の1の(六)、(七))これに関し、相被告人ヒサと意を通じ、売上金の管理、経理処理等に積極的に関与した事実(前同第四の二の1の結語部分)、被告会社の法人税確定申告書につき被告人両名が関与税理士に会って話をしていた事実(前同第四の二の1の(九))につき、被告人正春の関与の有無が前示共同正犯の成立の有無に影響があるからである。

その余の各事実については、被告人正春が相被告人ヒサとともに相携えて被告会社の事業を遂行したというにとどまり、前示犯罪の成立とは直接には何等関係がないといえよう。

以下右の点を中心として順次検討する。

二  被告人正春の本件犯行への関与の有無

1  先ず被告人正春のゆたか団地造成分譲事業に対する関与状況全般を概観するに、被告人両名の当公判廷における供述、被告人正春(八回、一四回)、相被告人ヒサ(八回、一三回、一四回)、証人越井金四郎(七回)、同柴田一(九回)、同小林克己(一〇回)、同石橋国雄(一二回)、及び同高橋綾子(一二回)の各公判調書中の供述記載部分、証人小林克己、同船沢満枝に対する裁判所の尋問調書(第一一回公判調書中に編綴)、被告人正春(乙4ないし8、21ないし24)、相被告人ヒサ(乙1、2、15ないし17、20)、柴田一(甲12、13)及び小林克己(甲34)の検察官に対する各供述調書、被告会社の登記簿謄本(甲1)、株式会社台東産業の登記簿騰本、同法人税確定申告書写四通、昭和四三年一二月二六日付工事請負契約書写並びに押収してある工事請負契約書等三袋(符16)、無表題大学ノート一冊(符19)、事務用箋一冊(符20)、土地売買契約書二通(符32、33)、契約書一通(符34)、売渡承諾書一通(符35)、領収書三通(符36ないし38)、領収証一通(符39)、証一通(符40)及び契約記録綴一綴(符44)を総合すれば以下の事実が認められる。すなわち、(一)被告人正春は、被告会社(昭和四四年一月二一日商号変更前は有限会社豊不動産商事)の代表取締役として、取締役たる相被告人ヒサとともに両名協力して会社経営にあたり、貸家、金融等の事業を営んでいたところ、昭和四三年春ころから同社において購入した宇都宮市山本町所在の土地の利用方法につき、投資物件としてそのまま保有しておこうと主張する被告人正春と、柴田一、越井金四郎らの勧めに応じて造成分譲しようと主張する相被告人ヒサとの間で意見が衝突したこと、(二)しかるところ相被告人ヒサにおいて、地主中に前記越井が含まれていたことなどから被告人正春の反対を押し切って宅地造成分譲事業に着手することとし、昭和四三年一二月二六日ころ、被告会社と越井経営にかかる富士越建設との間で造成工事契約を結び、以後被告会社の手でゆたか団地造成分譲事業が進行するに至ったため、あくまで同事業に反対していた被告人正春は、昭和四五年初ころからは、被告会社の経営一切を相被告人ヒサに委ねて、自らは昭和四二年一月ころ設立していた喫茶店、旅館の経営、アパート管理等を業とする株式会社台東産業(四六年一二月期売上高六九四七万余円、四七年一二月期同八七二〇万余円、四八年一二月期同一億〇三〇五万余円)の経営に専念することとしたこと、(三)爾後被告人正春は、相被告人ヒサの依頼により記帳、集金等の事務には関与したものの、被告会社ゆたか団地造成分譲事業の枢要には一切関係せず、代表取締役の登記についても相被告人ヒサに対し再三その変更を督促した結果、ようやく昭和四七年六月一二日に至って同月五日を以て代表取締役を辞任(相被告人ヒサが代表取締役就任)した旨の変更登記を受け、取締役等として同社役員の地位に止まることもなく、商業登記簿上も同社の経営から完全に手を引いた旨を明らかにしたことが認められる。

検察官は、証人越井金四郎の証言、柴田一及び小林克己の各検察官調書等によれば、被告人正春が被告会社のゆたか団地造成分譲事業について、相被告人ヒサと協力して事業を遂行したことが認められるとして、これを以て被告人正春に共同正犯が成立することは明らかである旨主張する。しかしながら、既に説示したとおり被告会社の事業遂行自体は何ら逋脱の実行行為となるものではないのであるから、売上除外等の事前の所得秘匿行為に加担したか否かを検討することなく、単にかかる事業に関与したことのみを以て、直ちに同社の法人税逋脱についての実行行為への関与あるいは共謀の存在を示すものと解することはできない。のみならず、そもそも所論指摘にかかる各証拠を以てしても前記認定を左右するには足りないものと言わねばならない。けだし、富士越建設代表取締役越井金四郎は、確かに同社と被告会社との間の造成工事契約締結等各種交渉に際しては、何時も被告人両名が一諸であったし、同契約の相手方は被告人正春である旨証言し(七回)、豊開発代表取締役柴田一は、被告人両名とも造成分譲に積極的で、被告人正春からゆたか団地の販売をやるよう勧められ、売上除外についても被告人両名から協力してくれるように申入れを受けた旨(甲12)、また小林工業代表取締役小林克己も、被告人両名から追加造成工事設計、見積の依頼を受けた旨(甲34)、それぞれ供述している。しかしながら、右越井証言は、被告会社と富士越建設間の昭和四三年一二月二六日付工事請負契約書写(弁護人証拠申請番号三)及びその修正である昭和四四年三月二五日付工事請負契約書(符16)に顕出された被告会社代表取締役小日向正春の記名が、一件記録中に散見する被告人正春の真正な署名と対比して見て明らかに同被告人の自署と異なると認められる事情に照らしても、契約の相手方が同被告人であるとする点はにわかに措信し難いところであるのみならず、交渉時に被告人両名が同道したとする点についても、同証言を更に仔細に検討すれば、契約条件の交渉、造成工事の督促、代金授受、小川信用組合からの手形貸付等具体的な折衝は、いずれも相被告人ヒサとの間で行われたことが窮えるのである。次に、柴田一は、公判廷での証言において、被告人正春は当初から造成、分譲等土地関係の事業を行うことにわずらわしさを感じているようで、消極的であったため造成工事契約に関する交渉は専ら相被告人ヒサがやっており、関係者も造成に関する相談はいずれも相被告人ヒサを相手にしていた、分譲、販売関係についても常に相被告人ヒサとの間で相談をしており、被告人正春はまったく関係していないと言っていい旨前記捜査段階の供述を翻す供述をしており、また小林克己も被告会社との工事契約等は常に相被告人ヒサを相手にして決めた、代金受領及び領収証の発行関係も同様である旨証言し、小林工業経理担当者船沢満枝も造成工事代金の授受、領収証の発行等経理処理の方法についてはすべて相被告人ヒサから指示、連絡を受けた旨証言しているのである。加えて、柴田及び小林の各検察官調書によるも売上除外、架空工事計上を含めた造成、分譲に関する個別的な折衝における被告人両名の具体的言動についての供述記載は専ら相被告人ヒサのもののみに限られ、被告人正春の具体的言動内容は窮われないこと、被告人正春が造成分譲事業に関与していれば、当然代表取締役として自ら署名すべき性質のものである、豊開発、小林工業との間のものを含めた被告会社の造成分譲事業関係の各種契約書には同被告人の自筆署名がまったく見受けられないことなどをも総合勘案すれば、結局検察官挙示の各証拠を参酌しても、被告人正春がゆたか団地造成分譲事業に主体的かつ積極的に関与したと認めるには未だ十分でないと言わざるを得ないからである。

2(一)  次に被告人正春の売上除外に対する関与の有無につき検討するに、検察官は、被告人正春が被告会社の主たる所得秘匿行為である売上除外に積極的に関与した旨次のように主張する。すなわち、被告会社にあっては、ゆたか団地造成地の分譲販売に際し、真実の売主は同社であって、直接販売を担当する豊開発は販売受託者として顧客への販売価格の八パーセント(後に一〇パーセント)の手数料を受領するに過ぎないにもかかわらず、恰も土地委託販売契約書によって被告会社が一定の仕切価格(当初一平方メートル当り八〇〇〇円、昭和四六年九月二五日八五〇〇円に変更、後に一万五〇〇〇円程度となる。)で豊開発に販売したように仮装し、実際の販売価格と右仕切価格との差額は公表上豊開発の売上として、被告会社の仮名預金である八千代/代々木の豊開発名義普通預金口座に入金、管理する方法により、右差額を被告会社の売上から除外していたものであるところ、被告人正春は相被告人ヒサから右売上除外方法を聞き、これを実現すべく被告会社を代表して豊開発代表取締役柴田一との間で前記土地委託販売契約を結び、柴田から豊開発の行う販売内容の報告を受けて土地販売契約内容を詳細に記帳し、更に前記被告会社仮名預金の入出金明細を記帳して、簿外売上金の管理、経理処理を行う等売上除外に重要な役割を果していたとするのである。

前掲各証拠並びに収税官吏の被告人正春に対する各質問てん末書(乙12、13)、収税官吏久保田昌良作成の宅地分譲売上額、水道分担金収入額および支払手数料調査書(甲2)及び押収してある買受契約書綴一綴(符23)を総合すれば、被告会社が検察官主張の如き豊開発を介在させた方法で売上除外を行い、本来被告会社に帰属する顧客からの売上代金を同社の仮名預金たる八千代/代々木の豊開発名義普通預金口座に入金し、同口座において管理していたこと、右売上除外額は四七年八月期三四五五万九二〇五円、四八年八月期一億四四〇五万二〇三〇円に及ぶこと及び右売上除外の方法は、相被告人ヒサが出入りの不動産関係者から聞知し、自ら考案のうえ柴田一の協力の下に実行していたことを優に肯認でき、この点については弁護人もあえて争わないところである。

(二)  そこで進んで被告人正春が、右売上除外の立案、実行及び簿外売上金の管理等に、検察官主張の如く積極的に関与していたか否かにつき検討するに、被告人正春の検察官調書(乙4ないし7、21、23及び24)及び質問てん末書(乙13)、相被告人ヒサの検察官調書(乙2及び20)並びに柴田一の検察官調書(甲12)に照らせば、(1)被告人正春が相被告人ヒサと意を通じて本件売上除外に当初から関与し、昭和四五年七月ゆたか団地分譲開始に先立って、豊開発代表取締役柴田一に対し、被告会社と豊開発間の売買を仮装するように申入れた旨(乙5、13、甲12)、(2)右売買仮装のために被告会社、豊開発間の土地委託販売契約書を被告会社を代表して締結、作成した旨(乙4ないし6、13、乙2、20)、(3)右契約に併い表面上豊開発の売上代金として土地代金が入金されていた八千代/代々木の豊開発名義の普通預金口座が、実際は被告会社の仮名預金であることを知悉していた旨(乙4、6、7、21、23、13)、(4)柴田一からゆたか団地の分譲販売内容の報告を受けていた旨(乙21、甲12)、(5)売上除外にかかる簿外売上金の管理、経理処理のため前記普通預金口座の入出金明細を記帳するなどしていた旨(乙4、6、7、21、23、13、乙2、20)の各供述記載が存在し、これに当公判廷において被告人正春が自ら記帳していたことを自認している無標題大学ノート(符19)、事務用箋(符20)及び契約記録綴(符44)の存在、内容を併せ考えれば、検察官の前記(一)の主張は一応理由あるかの如くである。

しかしながら、被告人両名及び柴田一は、いずれも公判廷において、一貫して売上除外を目途とする販売方法は専ら相被告人ヒサと柴田との間で相談、実行されたもので、被告人正春はまったく関係しておらず、従って同被告人は売上除外の事実自体知らなかった旨各々捜査段階の前記供述を翻す供述をしているところ、前示認定の如き、被告会社のゆたか団地造成分譲事業自体に対する被告人正春の消極的対応の態様に鑑みれば、右公判廷供述はあながちためにする弁解として排斥し難いのみならず、前記各供述調書の内容も、被告人正春の本件売上除外についての関与状況の供述としては、仮装契約書の作成及び仮名預金口座の入出金明細の記帳の二点を、その具体的行動としてみることができる程度でいずれも抽象的な供述に止まるという印象を免れることができないうえ、その供述記載自体に即しても、次のような疑問点を払拭できないものがある。すなわち、(1)本件売上除外の基本的手段たる被告会社、豊開発間の仮装土地売買契約の締結、同契約書(符23)の作成について、被告人正春には、昭和四五年に柴田と私との間で契約書を作った(乙4、乙6も同旨)、このような契約書を作ろうということで私が代表取締役として柴田さんとの間に、昭和四五年二月二五日ころに作ったと思います(乙5)旨、また相被告人ヒサにも、正春は確かに柴田さんとの間の契約書に名前を書いた(乙2、20)旨のそれぞれ恰も被告人正春が積極的に柴田一との間で、売上除外のために豊開発を利用させる方法を協議し、自ら仮装売買契約書作成に及んだかの如き供述記載が存するところ、当該被告会社、豊開発間の昭和四五年二月二五日付土地委託販売契約書及び同四六年九月二五日付約定書(符23)の各契約当事者欄に見受けられる被告会社代表取締役小日向正春の記名は、前示認定のとおり同被告人の自筆署名であることが明白な他の文書と対比してもいずれも被告人正春の自署によるものでないことが明らかである。寧ろ、それは柴田一の筆跡と酷似していること、相被告人ヒサも同書面は本文、署名部分とも柴田が記載した旨供述していること(第一三回)からみても、右柴田によって署名されたものと窺わせるに充分である。

ところでおよそ自ら相手方と折衝の末、重要な契約締結にこぎつけた者が、いざ契約書の作成に当って、自己の署名を軽軽に相手方に代筆させるなどというようなことは通常考えられず、また仮りにそのような異例の事態が生じた場合に、その当人及び実質的な契約締結の推進者が揃ってそのことを失念するとは到底考えられないところである。まして、右契約書は本件売上除外の実行に際してその前提となるべき重要な意義を有するもので、同契約書の作成如何は被告人正春の刑責の有無を判断するにあたっても重要な要素となるものであるから、かかる基本的かつ具体的な事項について、客観的事実と明白に食い違う供述記載の存在は、ひいて被告人正春の関与を認める前掲各調書の供述記載の信用性そのものにも重大な疑問を抱かせざるを得ないものである。なお、このことは、柴田一の昭和四五年七月の販売開始に先立ち、被告人両名から売上除外のための仮装売買契約締結の申入があり、交渉の末契約書を作成した旨の供述記載(甲12)についても、仮りにかような経緯が存したのであれば、当然同契約書には契約当事者として代表取締役たる被告人正春の署名が存すべき道理であることからすれば、同断である。次ぎに、(2)その作成時期、記載内容からみて被告人正春の各検察官調書の基礎をなしているものと認められる収税官吏の被告人正春に対する質問てん末書(乙13)の供述記載は、本件売上除外を発案し、専ら主導した相被告人ヒサ(この点は検察官も肯認するところである。)の所為について一切触れることなく、被告人正春が売上除外を一人で計画、実行したものとして終始しており、また前示認定どおり、相被告人ヒサにおいて不動産関係者の話から本件売上除外の方法を計画したことが明らかであるにもかかわらず、被告人正春が自ら知人から聞いたためにやったとするなど随所に客観点事実に反する記載が見受けられることよりすれば、同被告人の公判廷供述中(相被告人ヒサの一八回公判廷供述も同旨)の弁解、すなわち相被告人ヒサが病弱のため、その代りとして国税当局から呼び出されて調査を受けたもので、既に当局で豊開発等に対する調査の結果熟知していたこと及び一旦帰宅して相被告人ヒサに聞いた結果をそのまま伝えたこととを併せて作成されたものに過ぎず、自分が経験して実際に知っていたことを述べたものではない旨の弁解もあながち否定できないものがある。更に(3)分譲販売の進展につれて豊開発名義の普通預金口座に入金、蓄積される同社の名目上の利益が過大になったため、広田建設等の造成工事業者に追加造成工事を発注し、その代金を支払った如く仮装して同口座から出金させ、豊開発の名目上の利益を調整していた(被告人正春の検察官調書乙6、22、23)、広田建設名目の最初の払出は、昭和四七年五月三一日ころ、私と相被告人ヒサ、柴田一との間で話が出たと思う(同乙7)旨の各供述記載は、自分が未だ登記簿上代表取締役の地位にあった時点(登記簿上辞任する五日前)であるから、自分も相談に加わったと思う旨の供述内容あるいは、自ら右架空計上に併う豊開発名義の普通預金口座の出納状況を管理、記帳していたとしながらその詳細は思い出せない、こんなに払い出しているとは思わなかった旨供述するに止まり、その具体的経緯、状況については何ら明確に供述し得ていないこと自体いたって不自然であるのみならず、相被告人ヒサ(乙20、1)及び柴田一(甲12、13)の各検察官調書並びにこれと同旨の証人柴田一の証言(第九回)等によって豊開発における架空造成費計上については、広田建設名義のものも含めて、いずれも相被告人ヒサの依頼により柴田が行ったもので、専ら右両名の間で立案、遂行され、被告人正春は一切関与していないと認められることと対比して、これまた客観的事実にそぐわないものと言わざるを得ない。

以上に加えて、相被告人ヒサの昭和五〇年九月二七日付検察官調書(乙20、これは逮捕、勾留期間の当初二〇日近く主要な事項について否認を続けていた同被告人が、自己の罪責を認める契機となった供述調書であって、その間の経緯について心情を吐露したものとしてその部分に関する限りは極めて信用性に富むものである。)及びこれと略々同旨の当公判廷供述(一九回)によれば、被告人正春が、勾留中に弁護士を通じて相被告人ヒサに対し、やったことなら仕方ない、俺は何をやったんだか知らないけど脱税をしたのなら、全部話して税金もきれいに納めたらいいと述べたことが認められ、かかる言動に照らしても被告人正春が本件犯行に加担していないことを窺うに足る一証左をみることができる。

なお、豊開発名義普通預金口座の入出金状況を記帳した無標題大学ノート(符19)、事務用箋(符20)及びゆたか団地の分譲販売状況を契約成立毎に記帳した契約記録綴(符44)の大部分の記載は被告人正春の手によってなされたものであることが認められるものの、他方前掲被告人両名の各公判廷供述及び各検察官調書によれば右は相被告人ヒサの強い記帳方の依頼を受けて、被告人正春としても、実質上被告会社の経営から一切手を引きながら依然として従前と変わらぬ給与等を受けていたところから、無下にも断わることができず、止むなくその依頼に応じたものであること、それぞれあらかじめ豊開発で記帳していた要領を参考として、ことに符19、20については、昭和四五年八月一〇日分ころから同社の正規の出納記録を一〇日ないし一か月分位まとめて、事後に一括して機械的に書き写していたに過ぎないこと(このことは符19、20の記載自体からもその形状、使用筆記具の相違等により窺うことができる。)が認められ、以上の如き記帳状況に、その記帳内容が豊開発の正規の会計帳簿の記載と全く同一(このことは符19、20の記載内容と豊開発の公表会計帳簿たる現金預金出納帳(符15、16)中の「普通預金、八千代信用1」項目の記載内容とを対照すれば明らかである。)あるいは、ゆたか団地分譲販売内容の正確な記載であることをも併せ考慮すると、かかる機械的労務に従事したことの故を以て売上除外に関与したものと認めるに由ないものである。蓋し、被告会社がゆたか団地の分譲販売を豊開発に委託している以上、相被告人ヒサにおいてその正確な販売状況を把握しておこうと努めることは当然の事理であって、そのために販売契約の内容及び販売代金が入金される豊開発名義口座の出納状況を、豊開発からその了解の下に提供された資料のままに被告会社においても別途記帳しておくことも何ら異とするに足りないところであるから、被告人正春がこれをなしたことの故を以て直ちに売上除外の事実を認識、ひいては関与したと認めることはできないからである。被告人正春が本件売上除外について了知していたと認めることができない以上、検察官が所論とするところは、豊開発名義で顧客へ販売し、同社名義口座へ入金された販売代金が実際は被告会社に帰属するものであるという本件売上除外の構造を熟知して、はじめて豊開発名義口座の出納明細の記帳が売上除外による簿外売上金の管理の意義を有するに至るものであるにも拘らず、このことを閑却視して、却ってかかる記帳処理をしたこと自体から被告人正春に売上除外の意図ありとし、ひいてはその経理処理にあたったものとするが如きは全く本末転倒の議論であると言わざるを得ない。

また、相被告人ヒサが捜査段階において、自己の犯行はすべて肯認しながら、被告人正春については、僅かに二回に亘って、柴田一との契約書に名前を書いたり、その後売上除外関係の裏の帳面をつけたりしていると言うに止まり、しかもそのいずれも相被告人ヒサから頼んでやってもらったことで、被告人正春は仕事には口出しせず実際の責任者はずっと相被告人ヒサであった旨供述していること(乙2、20)及び被告人正春自身も、自分が代表取締役のころから被告会社の経理は相被告人ヒサがみていた、(架空)造成工事発注や工事代金支払の関係は自分は知らない、詳しいことはすべて相被告人ヒサに聞いてくれと供述していること(乙7、8、22ないし24)も、それがいずれも一方において被告人正春の関与を認めていた段階の供述であることをも勘案するとき、真に被告会社の法人税逋脱のための行為に被告人正春が相被告人ヒサとともに協力、関与していたとするならば、その地位、相被告人ヒサとの関係等からみても、右の如く極く一部しか承知していなかったとすることは不自然であって、却ってその関与を否定する点で右に概ね一致する公判廷供述の信用性を補強せしめるものと言うことができる。

(三)  以上検討してきたところからすれば、検察官が援用する各供述調書は、それぞれ売上除外に対する被告人正春の関与の具体的内容とする点で客観的事実と相反し、あるいは極めて抽象的なものに止まり、これと対立する被告人両名及び関係者の公判廷供述も一概に否定し得ないものであることその他前記諸事情からすれば、これを以て所論の如く被告人正春の関与を認めるに十分とは言えない。他に本件全立証によるも、これを認めるに足る証拠はない。

なお、検察官は、被告人正春の本件犯行に対する関与を否定する被告人両名の公判廷供述は信用できないと主張し、その理由として、(1)被告人正春が被告会社のゆたか団地造成分譲事業に関与していたこと、(2)被告人正春について、国税査察官の任意の事情聴取に際し、豊開発を利用した売上除外を認めたてん末書(乙13)の存在及びそれに関する同被告人の公判廷供述の変遷を挙げる。もとより、当裁判所は、既に説示した如く被告人両名の公判廷での弁解供述を全面的に採用したものではなく、検察官摘示にかかる被告人両名の捜査段階の供述その他本件全立証によるも、未だ被告人正春が本件犯行について、相被告人ヒサと共同して犯罪を実行したとして刑責を問うべき共同正犯として関与したことを認めるには十分でないと判断したに過ぎない。しかしながら、その理由とするところに鑑み、念のため検察官の主帳を検討するに、(1)については前記認定の通りであって、若干付言すれば、所論を前提とする限り何ら特段の事由なきにも拘らず、被告人正春において(本件査察着手等と全く無関係に)昭和四七年六月に被告会社の代表取締役の地位を相被告人ヒサに譲り、以後同社役員の地位から離れていること、被告人正春の関与を認めていた被告人両名の捜査段階の供述においてすら、前掲客観的事実と反する部分を除けば、被告人正春がゆたか団地造成分譲事業に積極的、主体的に関与した具体的事跡は窺われないこと(代金受領、記帳の如きは、それ自体としてはいずれも単なる事後的な使者、単純な機械的労作にとどまる事務員としての職務に過ぎない。)、関係者の各証言、供述記載に照らしても、専ら相被告人ヒサにおいて本件事業を積極的に推進した形跡がみられるばかりで、被告人正春については、その具体的な関与状況が判然とせず、結局せいぜい相被告人ヒサの付添人的立場で立会っているに過ぎない程度と解されること、本件事業に関する重要書類に被告人正春の自筆署名の跡が何ら窺われないこと等所論が前提とするところと相反する諸事情が数多存在するのであり、被告人正春がゆたか団地造成分譲事業に主体的に関与していたものと認めることは到底できないのであるから、所論はそもそもその前提を欠くものである。更に(2)についてみるに、これまた前述の如く、およそ収税官吏の被告人正春に対する昭和四九年八月三一日付質問てん末書(乙13)の供述記載それ自体、せいぜい同被告人の口を藉りて相被告人ヒサが述べたものに過ぎないと解されるのであって、これを以って被告人正春の本件犯行への関与を証するに由ないものであるうえ、同被告人の公判廷供述の異同を吟味しても、所論の如く各供述の都度必ずしも断定的に虚偽あるいは変遷する供述をなしたものではなく(一七回、二〇回)、更に検察官が明白な虚偽と指摘する八千代/代々木の豊開発名義普通預金口座に対する認識の有無に関しては、実質的な最初の公判廷供述である第一四回公判において既にその存在は知っていた旨認めていること(六四三丁裏)が明らかであり、相被告人ヒサと柴田一との間の売上除外に関する謀議、遂行についてももとよりその関与は否定しているが、他方「家内の方で何か隠しているようで、私も薄々何かやっているなという感じは受けていた」旨供述していること(一四回、六三四丁裏)などに照らせば、一概に所論主張の如く自己の罪責を逃かれることに汲々としてその場限りの虚偽あるいは不自然、不合理な供述に終始しているものとは速断できないものである。

3  被告会社の四七年八月期及び四八年八月期の各法人税確定申告(いずれも虚偽過少申告であると認められる。)に対する被告人正春の加功如何を検討するに、被告人両名の公判廷供述、証人石橋国雄の証言(一二回)、被告会社の登記簿謄本(甲1)及び被告会社の四六年八月期、四七年八月期、四八年八月期各法人税確定申告書(符3、4、45)によれば、被告会社の法人税確定申告書は、同社顧問税理士たる石橋国雄の税務会計事務所で作成され、各申告時点において同社代表取締役の地位にあった被告人正春又は相被告人ヒサの了解及び署名、押印を受けた(ただし、相被告人ヒサの場合は押印のみ)うえで、同事務所職員の手によって所轄税務署長宛提出されていたこと、従って、本件犯行にかかる四七年八月期及び四八年八月期分については、いずれも相被告人ヒサが申告書の内容の概略の説明を受け、その確認、押印にあたっており、被告人正春は申告内容を全然承知していないこと、石橋においては、あらかじめ受領していた被告会社の伝票類に加え、決算期に更にゆたか団地造成分譲事業関係の追加資料の提出及び口頭補足説明を求めて申告書を作成していたところ、かような連絡、説明作業等は従前より一貫して被告会社の経理を掌握していた相被告人ヒサが行っており、被告人正春が関与した事跡は一切ないこと以上の事実を認めることができる。

検察官は法人税確定申告に際しては、被告人両名が石橋に会って話をしていた旨主張するが、その証拠として援用する被告人正春の昭和五〇年九月二五日付検察官調書(乙8)の供述記載に徴しても、被告人正春が登記上代表取締役であった時代のことをも含めた包括的な内容のものに過ぎないうえ、その当時から被告会社の経理面は一切相被告人ヒサが掌握し、従ってその詳細も専ら同被告人が説明にあたっていたことが窺われるのであるから、右記載の存在は何ら前示認定を左右するに足りず他に被告人正春が被告会社の四七年八月期及び四八年八月期の各法人税確定申告に際して関与した事跡を認めるに足る証拠はない。

そうだとすれば、被告人正春が本件犯行の各実行行為に自ら加功したものとは認められないと言わざるを得ない。

4  以上の次第であって、検察官が被告人正春に対する共同正犯成立の理由として主張した、被告会社の所得秘匿行為たる売上除外への積極的関与及び同社法人税確定申告への加功については、いずれも未だその証明が十分でないものと言わざるを得ない。そこで、進んで被告人正春について(1)その他の所得秘匿行為への関与の有無(2)本件犯行についての相被告人ヒサとの共謀の存否を順次検討する。

(1) 架空造成費計上その他の所得秘匿行為については、前記関係各証拠に照らし、いずれも相被告人ヒサの一存によってなされたものであることが明らかである。すなわち、たとえば同被告人の捜査段階の各供述調書を詳細検討しても、被告人正春については、豊開発との仮装契約書の署名及び売上除外関係の記帳に及んだだけで、その他には被告会社の仕事に一切口出しせず、同社の実際の責任者は終始相被告人ヒサであった旨の供述記載しか認められず(乙2、20)、他方被告人正春も、既に説示した如く、売上除外関係以外の所得秘匿行為については、豊開発名義の広田建設への架空造成費計上(これに関する供述が措信できないことは既に説示したとおりである。)を除くその余の架空造成費計上は関知していなかったので詳細は相被告人ヒサに聞いてくれとの供述記載(乙22ないし24)が存するのみである。そうだとすれば、被告人正春が所得秘匿行為に関与していたことを認むべき証拠はないと言わねばならない。

(2) また、被告人正春が相被告人ヒサから豊開発を介在させる売上除外の話を聞いた旨(被告人正春の検察官調書乙5)相被告人ヒサ及び柴田一と広田建設を利用した架空造成費計上の相談をした旨(同、乙7)あるいは相被告人ヒサの架空造成費計上及び仮装経理処理について察しがついていた旨(同、乙23、因にこの供述記載は、被告人正春が自らの本件犯行への積極的関与を認めていた捜査段階における最後の検察官調書であって、当時においてすら、せいぜい本件犯行への知情は右の程度であるに過ぎないこと、すなわち相被告人ヒサから直接本件犯行の情を打ち明けられてはいないとしていたことを示すものと理解される。)の各供述記載は、前記認定の如き被告人正春の被告会社事業への関与状況とりわけ売上除外に対して積極的かつ主体的に関与していた事跡が窺われないこと及び同社の経理面を一切相被告人ヒサに委ねて自らは無関心であったことに照らすと、にわかに措信できず、他に相被告人ヒサから本件犯行の情を明かされて、これに応じ、よって同被告人との間で本件犯行についての共謀が成立したと推認するに足りる証拠も存しないし、逋脱の犯意を認めることもできないといわざるを得ない。

三  従犯の成否

なお、被告人正春において、客観的にみれば被告会社の売上除外による簿外売上金を入金、蓄積していたこととなる豊開発名義普通預金口座の入出金明細を、逐一正確に記帳していたこと(符19、20)は紛れもない事実であるから、よって相被告人ヒサの売上除外金の支配管理を容易ならしめ、ひいては同被告人の本件犯行を幇助していたものではないかとの疑念を生ずる余地もあるので、以下この点について検討することとする。

惟うに、幇助犯は犯罪実行行為以外の方法によって正犯者の実行行為を容易ならしめるものと解すべきであるところ、無標題大学ノート(符19)及び事務用箋(符20)に、売上除外金を入金していた被告会社の仮名預金たる八千代/代々木の豊開発名義普通預金口座の入出金明細を、日時、金額、摘要及び残高に至るまで逐一記帳する行為は、もとよりそれ自体法人税逋脱の実行行為ではないとは言え、相被告人ヒサに対し、売上除外によって生じた簿外資金の支配管理のための有効な資料を提供することとなり、以て売上除外を主要な所得秘匿手段とする本件犯行の敢行を容易ならしめる一助となったことは十分窺えるのであるから、被告人正春のかような書面記帳行為は、これを外形的に捉える限り、相被告人ヒサの本件犯行についての幇助行為に該当するものと解するのが相当である。なお、前記関係証拠上被告人正春がなしたと認められるその余のゆたか団地販売契約内容の記帳(符44)、販売代金集金等の各所為は、いずれも被告会社の通常業務における事務処理の一環としてなされたものに過ぎず、相被告人ヒサの本件犯行を容易ならしめるものとは言えないのであるから、これを以て幇助行為と捉えるに由ないものである。

もっとも、幇助犯の成立を肯認するためには、更に幇助者において正犯者の犯行ないしその意図を認識してこれを幇助する意思をもって幇助行為に及ぶことを要するのであるから、次に被告人正春にかような幇助の意思が存したか否かを検討する。

ところで、被告人正春において被告会社の法人税逋脱の意図を認識したうえで、これを幇助する意思をもって同社売上除外関係の経理処理等の所為に及んだものとするには、前記記帳が被告会社の売上除外による簿外売上金の入出金状況についてのものであることを了知して、これをなしたことが前提となる。しかるに、再三縷説したとおり、右記帳の態様は、被告人正春において被告会社の経営の衝に当ることを放棄した後の昭和四五年八月ころから、かわって実質的に同社経営を掌握していた相被告人ヒサの強い要請に従い、豊開発作成の書面を相当日時分一括して単に機械的に書き写していたに過ぎないこと、その内容も同社の販売代金を入金した公表預金の出納状況に関する正規の会計帳簿の記載と全く同一であって、脱税の企図を窺わせるが如き記載は一切存していなかったこと(売上代金の八パーセント相当の手数料出金の記載は存するものの相被告人ヒサと柴田一との間の口頭による約定を知悉していない限り、それ自体では売上除外の構造を察知するに由ないものである。)及び被告人両名と従前より面識を有していたところから相被告人ヒサより相談を受け、ゆたか団地造成分譲事業全般に亘って指導助言していた柴田一の設立にかかる豊開発において被告会社の委託を受けゆたか団地の販売にあたっていたことよりすれば、相被告人ヒサがゆたか団地分譲販売状況を把握すべく、その販売代金が入金される豊開発の銀行預金口座の入出金状況を知るために柴田の了解を得て同被告人側でもその明細を転記しておくことは通常ありうべきことで何ら異とするに足りないものであることよりすれば、右記帳行為は、直ちにこれを以て被告会社における法人税逋脱のための準備行為たる性格を持つ行為ときめつけることはできない。寧ろ右につき売上除外の構造を了知していない限り、外形上は被告会社の通常業務の一環と理解されるべき筋合のものである。まして、被告人正春の記帳態様に照らせばかかる売上除外の意図を窺知することができたものとは到底考えられない。そうだとすれば、右記帳行為に従事したこと自体を以て被告人正春において売上除外に関する認識を具備したものとすることは到底できないといわなければならない。

そこで、前掲関係各証拠とりわけ被告人両名(乙1、2、4ないし8、15ないし17、20ないし24)及び柴田一(甲12、13)の各検察官調書に照らして被告人正春の右記帳以外のゆたか団地分譲販売についての関与状況をみるに、既に信用できないものとして排斥した事項を除けば、(ア)ゆたか団地販売契約内容の記帳(符44)(イ)八千代/代々木の豊開発名義普通預金口座の入出金管理(ウ)ゆたか団地販売残代金回収及び登記手続処理を挙げるに止まる。しかるところ(ア)は契約記録綴(符44)に徴しても買受人、販売区画、面積販売代金額、入金状況等を実際の販売状況どおり順次記載しているに止まり、かかる記帳を以て被告会社の売上除外の意図を察知しうべくもないことが明らかである。次に(イ)については、柴田一の証言(九回)及び検察官調書(甲12、13)によれば、豊開発名義普通預金口座は、その届出印を相被告人ヒサにおいて保管し、柴田も同被告人の指示、了解の下に販売手数料等の出金を受けていたものであって、専ら同被告人が管理していたものと認められるのであるから、被告人正春が右口座の入出金を管理し、ひいてそれが被告会社の売上除外にかかる仮名預金であることを了知していたと解することはできない。最後に(ウ)についてみるに、確かに被告人正春が契約代金の最終精算金支払に柴田とともに立会っていたことは認められるが、その都度右最終残代金中あらかじめ柴田において計算していた被告会社からの仕切価格相当分の金員を柴田から受領していたに止まるのであるから、その外形的事実を見る限り、むしろ被告会社の公表計上どおりの取引が遂行されていたものであって、同社の売上除外の事実を察知するに由ないものと言わねばならない。

他方、関係当事者の公判廷供述をみても、証人柴田一において、販売関係費用の請求を被告人正春にしたこともあるかもしれないが、その場合はヒサに言っておくという返事だった旨証言し(九回)、相被告人ヒサにおいて、被告会社と豊開発間のゆたか団地委託販売の大体の仕組は勘づいているかもしれない(一三回、五八九丁)、売上除外のからくりは夫婦で一諸にいるので知っていたかもしれないが細かいことまでは知らないと思う(一八回、七五七丁)旨、また被告人正春において、売上除外の仕組は全然わからなかったが、何かヒサの方で隠しているような、薄々、私も何かやっているなという感じを受けた(一四回、六三四丁)旨それぞれ供述していることを挙げうるに止まる。そして、柴田が実際に被告人正春にゆたか団地分譲販売関係の費用を請求した事例があったとしても、柴田自身同証言中で供述しているように、ゆたか団地分譲販売関係の折衝は常に相被告人ヒサを相手としていたのであって、被告人正春は、単に相被告人ヒサに柴田の伝言を伝えてもらう連絡役の意味しかもっていなかったこと及び豊開発から被告会社に対する販売関係費用の請求といっても、立替金の支払請求、あるいは単なる精算等種々の事態が想定されるのであって、被告会社と豊開発間の委託販売契約の内容を熟知することによりはじめてそれが本件売上除外の遂行に伴い必然的に発生するものであることを理解できるに過ぎないことよりすれば、かかる事例の存在を以て直ちに被告人正春に売上除外についての認識をもたらすものとは到底解されない。次に被告人両名の前記供述は、要するに被告人両名が夫婦として同居していたことに鑑みれば、被告人正春としても昭和四五年以降三年余に亘って相被告人ヒサにおいて柴田との通謀の下に遂行していた被告会社の売上除外に関して、右両者間で何か企図している程度のことは察知していたとの趣に止まるものであって、被告人両名の各公判廷供述を全体として総合勘案すれば、被告人正春の売上除外に関する知情を否定するものであるのみならず、相被告人ヒサにおいて、売上除外に関連して被告人正春に対して説明したことは全くないばかりか、できるだけ柴田との相談も隠そうと努めていたこと、柴田も被告人正春との間で売上除外につき協議したことは一切ないこと及び同被告人は被告会社と豊開発間の仮装委託販売契約についてすら一切関知していなかったことその他既に説示した諸般の事情を併せ考えれば、結局、被告人正春には本件売上除外の詳細はもとより、その概要についての認識すらなかったものといわざるを得ない。

果して然らば、被告人正春が本件記帳行為の時点でそれが被告会社の売上に関する操作の結果生じた簿外金にかかる預金についての入出金明細を示すものであると認識しつつ行なったものであると認めるに足る証拠はないものと断ぜざるを得ない。そうだとすれば、同被告人において前示のとおり逋脱の意図の存しないことはもとより、相被告人ヒサによる被告会社の法人税逋脱の意図を察知しながら、これを幇助すべく記帳に及んだものとも認められないことも明らかである。結局、被告人正春については本件犯行に対する幇助犯も、幇助の意思の存在についての証明が十分でないことよりして、その成立を認めるに由ないものと言わざるを得ない。

四  結論

以上の次第であるから、被告人正春に対する本件各公訴事実は、いずれも犯罪の証明が十分でないことに帰し、刑事訴訟法第三三六条により、同被告人に対しては無罪の言渡をすることとする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 半谷恭一 裁判官 松澤智 裁判官 井上弘通)

別紙(一)

修正損益計算書

有限会社 豊金融不動産

自 昭和46年9月1日

至 昭和47年8月31日

〈省略〉

別紙(二)

修正損益計算書

有限会社 豊金融不動産

自 昭和47年9月1日

至 昭和48年8月31日

〈省略〉

ほ脱税額計算書

46.9.1~47.8.31

〈省略〉

47,9.1~48.8.31

〈省略〉

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